執筆者 orior | 2025年11月18日 | カウンセリング
仏教の説話に「底無し釣瓶で水を汲む」と言う話があります。釣瓶の底が抜けていたら、井戸の中に落としたところで水は汲めません。それでも、上げた釣瓶には多少の水滴が付いているから、それを少しずつ少しずつ樽に移し、何百回も続けるうちに、水が樽いっぱいになったというお話です。ここに、人間の努力の儚さのようなもの「やっても、やっても少ししか進まない」という何とも言えない努力の無常さを感じてしまいます。練習や修行をしていても、結局は底無しの桶、釣瓶で水を汲んでいるようなもので、何滴か取れた水滴を、少しずつ少しずつ樽に溜めていっぱいにするような感じが...