執筆者 西村 | 2025年08月21日 | 雑記帳
前にも書きましたが、「念い」は「想い」よりも、「思い」よりも、現実的な力を持ちます。松下幸之助翁が全国から集まった経営者における講演会を開催したときに、テーマは有名な「ダム経営について」でした。その中の質疑応答の場面で、ある方が「ダム経営の素晴らしさは分かりましたが、一体どうすればダム経営を出来るのでしょうか?」と言う質問がされました。この質問に対して松下さんは「さあ、それは分かりませんのですわ。ただ、まあ、ダム経営したいと念わなければ、そうなりませんなぁ。」と答えたそうです。これに対して「天下の松下とあろう者が、その程度しか言えない...
執筆者 西村 | 2025年07月28日 | カウンセリング
お釈迦様もソクラテスも、マルクス・アウレリウスも、エマーソンもウィリアム・ジェームスも、異口同音に次の様に述べています。「人間とは、その人が考える通りのものである。毎日どの様な事を考え、思っているのかであなたが決まる。服装や外観、履歴書を見てもあなたが何者であるかは分からない。人は、その人が念う通りの人間になるのだ。」すなわち、あなたという人間は、あなたが自己評価し、考えている通りの人間なのです。未来に対して、肯定的か否定的か、楽観的か悲観的か、幸福であるか不幸であるかは、あなたの「心の種子」に起因します。「自分はアサガオだ」と念って...
執筆者 西村 | 2023年11月10日 | カウンセリング
「心」は目には見えないけれど「心遣い」はその人の言動に現れてきます。「思い」も見えないけれど「思いやり」は、その人の優しさがじんわりと伝わってきます。「愛する」気持ちも伝わり難いこともあるけれど「あなたが愛しい」と言う気持ちは、笑顔や言葉に出てきます。優しい想いも、温かい心も、その人の言動や姿形や仕草などに現れてきます。ですから憎しみや妬み、愚痴や不平不満のマイナス的思いも外側に出てきてしまいます。病気も自分の思いが作り出している現象である事を身をもって知っていたから、昔の人は「病は氣から」と言ってきたのでしょう。...