男性、女性の性差別に加えて、LGBTQの問題が出て来て来ていますが、障碍者と健常者の差別も同じ様なところがあります。
例えば「国の大臣の3割は、目が見えない人か、耳の聞こえない人か、口が聞けない人にすべきだ」とか言う感じで「ハンディを無くす」と言う運動になって行くのであれば、それはちょっと違う感じがするかと思います。
同じ様に「女性が認められる世の中になる」と言う意味と、「個人に対する同情」や「社会全体が上手く機能する様な人の配剤は、どうあるべきか」と言うことは別のような気がします。
男女問題やLGBTQの問題でも、平等を声高に叫んで「全部同じように扱え!」と言うような運動になり易いですが、人の能力はそれぞれ違いますから、性別や障害の有無だけの視点で眺めてしまうと、社会全体に歪みが出てしまうこともあるでしょう。
行き過ぎた差別や嘲笑は、勿論あってはならない事ですが、あまり平等に偏り過ぎると「公平」を失い、社会全体に「自分自身に対する甘え」「私はこう言うハンディを背負っているから、努力しなくてもいいんだ」と言う風潮が広まって行ってしまう気もします。