日本人の多くが、宗教が嫌いだと言う理由の一つに「宗教戦争をするから」という理由があります。
「神が一人であり、自分のところに降りた神が本物であれば、他のところに降りる神は本物ではない。」という理屈は理解できます。
例えば、一神教で有名なユダヤ教では、ヤハウェを唯一神としています。
しかし旧約聖書を読み解くと、エロヒムという神も出て来ます。
またイスラム教も、アッラーの言葉をコーランという形で伝えて、唯一神として崇めています。
ただ、アッラーが自分のことを言うときに、「我は」と言うだけでなく「我々は」と複数形で言っているところが何回か出てきます。
それに対してイスラム教徒は、よく分からないので「我々は」と言うのも、アッラーの自称なのだと考えています。
しかし、この「我々は」と言うのは、アッラーの他にも神々がいることを意味し、アッラーが神々の代表として出て来ていることを表しているのではないかと考えれば、ときどき複数形になることにも辻褄が合って来ます。
「唯一の神」として、一神教であまり凝り固まると、他の宗教の神が偽物となりますから、「我の神が一番!」と争いが生まれます。
そうして宗教戦争が起こります。
しかし多神教であれば、他の宗教の神々に対しても寛容になれるはずです。
だから日本では、仏教もキリスト教もイスラム教も入り込めたと考えられるし、こうした他の宗教の神々も受け入れる日本人の寛容さが、宗教戦争を無くす鍵と成り得るのです。
