「人間の欲望には歯止めがない。だから欲望など捨てるべきだ。」と平和主義者は言います。
しかしながら、そもそも人間は欲が無ければ、こうした文明の発展はなかったことでしょう。
「今日も、自然から与えられた少しの木の実と、岸に上がった魚を食べれば良い。」という生活は、自然との共生という意味では、理想的なのかも知れません。
けれども、食欲という欲が無くなってしまったら、人間は死に絶えてしまいます。
だから、生存欲求は無くなりません。
「自分の知らないことを知りたい」そういう欲があるから、人は月にロケットを飛ばすまでになりました。
そもそも「知的探究」がなければ、科学は発展してこなかったことでしょう。
「知りたい」という欲がなければ、勉強はただの拷問になってしまいます。
私たち人間は、知的探究心のため科学を進歩させてきました。
そのために、自然を破壊した部分も沢山あります。
しかし、この地球が無ければ、私たちは最低限の生存欲求も満たされなかったことでしょう。
山がなければ、川がなければ、海がなければ、生きていくこともままなりません。
それ故に、科学者は「自然との共存」を忘れた時に、もはや人間ではなくなります。
自然崇拝者も「知的探究心」を捨てたとき、もはや人ではなくなります。
「この自然豊かな地球を大切にする」ことが「調和」であり、「どこまでも広がる知的探究心」が「進歩」なのだとすれば、この「調和と進歩のバランスを如何にとるか」が、私たち人間の「価値」なのかも知れません。