昔も今も変わらないのは、不良化した若者達の溜まり場です。
「トー横」とか「ゲーセン」とか、彼らが溜まる所が、地域性もあって色々な場所に点在します。
場所に集まると言うよりは「その場所に来る仲間とツルみたい」と言うのが、集まる要因でしょう。
だから、集まる場所を閉鎖したりしても結局、不良は減らないと言うことになります。
と言っても、彼らは別に特別な存在ではありません。
親の言うことに反発したり、学校の先生の言うことに納得出来なかったり、仕事の先輩や同僚の言うことが納得いかなかったりして、そこから逃れたいだけなのかも知れません。
世の中、自分の思い通りにならないことばかりと思い知らされて、「従順に生きていく」ことに納得できない時期は誰にでもあることです。
ただ多くの人は「従うしかないと思って生きる」か「他の人と比べれば、自分はまだ恵まれていると思って生きる」かを選び、その時期を過ごす様な気がします。
本当に大切なことは「そんな苦しい中でも、生きて行かなければならないのは何故か?」を自分の中で、腑に落とすことではないかと思います。
「何のために生きるのか」
この問いに正しく答えられる人が、多くなればなるほど、世の中はまともになって行く事でしょう。