日本のマスコミには右翼、左翼、保守、革新があるように感じるかも知れませんが、本当のところは保守しかないようです。
それが証拠に、テレビでも新聞でも、どこを見ても同じような論調で語ったり、書いたりしています。
きっと「正邪の区別」がつけられないのでしょう。
いや寧ろ、正邪が分からないから、とにかく弾を打ってみるという感じなのかも知れません。
「今のぼり調子のあの人が、こんな事をしました。こんな事をして許されるのでしょうか?」の論調で弾を打ち、その人の対応を見る感じなのでしょう。
そのまま弾が当たって致命傷になって消えていく人もいれば、かすり傷程度ですんで何食わぬ顔で続けている人もいます。
そう言う「弾の避け方」をみて、その人物を評価しているのかも知れません。
会社内でも、面接でも「わざとその人が怒るような事をしてみると、その人の本性が分かる」ように、少々言葉が暴力的であっても、その人が嫌がる事を敢えてすることで、本性を炙り出したりします。
「姑息な手段」と言ってしまえばそれまでですが、人は窮地に落ちたり、怒りの感情に支配されると、途端に本性が現れると言います。
数度の面接ではわからない人柄を計るには、こうした方法が取られる時もあるのだという事をしていた方が良いでしょう。