世の中において、理不尽に思っていても、情け容赦なく実行しなければならないことが多々あります。
特に人に関する時に「泣いて馬謖を斬る」という言葉を使ったりします。
もともと語源は、三国志の諸葛亮孔明とその弟子の馬謖の故事から来ています。
第一次北伐(蜀の魏への侵攻)の際、諸葛亮孔明は馬謖を将として2万の兵を与え、街亭の守備を固めさせました。
諸葛亮孔明は馬謖に陣の敷き方まで指示を出し「陣を敷いたら、どのように敷いたかについて報告しろ」とまで言って、使いの者まで出しました。
また、万一のことを考えて、副将も付けて用心をしていたのに、馬謖が孔明の指示を守らなかったため、蜀は魏に惨敗しました。
そのため孔明は惜しみながらも、馬謖を軍律に照らして処刑しました。
これが「泣いて馬謖を斬る」の背景です。
目をかけていた部下、あるいは将来を有望視していた若者が、大きな失敗やミスをした時に、「何とか許してあげたい」という気持ちを抑えながらも、会社や組織を守るために処断しなければならない時もあります。
現代では、命を奪うところまでいかないかも知れませんが、降格や左遷はあり得ることでしょう。
庇ってやりたい気持ちはあるけれど、苦渋の決断をしなければならない人にも、大きな哀しみとなります。
そうした事態にならないようにと、こうした歴史は教えてくれているのかも知れません。