人に物事を教えるのには、自分の時間も取られていたにも拘らず、教えたその人たちが、「何も身に付いていない」ことを知った時に、心の底からがっかりしてしまうことがあります。
それ故に、永平寺の様な禅寺では、冷暖自知と言って「冷たいのか、暖かいのかは、自分自身で知りなさい!」と突き放して、教えることが多いと聞いています。
要は「私の背中を見て覚えろ」と言うことなのでしょうが、教えて貰う側からすると「随分と不親切だな」と思ってしまいます。
教育は現代社会や、どんな会社や組織でも重要視されてはいますが、確立された方法は現代でも見つかっていないと言えるのではないかと思っています。
むしろ「この教育方法をとれば、どんな人でもレベルを上げることが出来る。」という万能な教育方法があれば、ノーベル賞ものでしょう。
それほどに、教育は人によって、場面や環境によって、変えていかなければならないものであり、どんな時代、どんな組織においても通用する教育方法は、逆にいうと「ダメな方法」である事が多いという事になります。
つまりは「教育は人に合わせて無限にある。」という事になるのかも知れません。