侍とは、もともと聖者を守る為の御役目に従事する者たちの尊称でした。
それがいつの間にか武士と同じ様な扱いになってしまいましたが、武士と侍には大きな違いがあります。
「武士は戦う士」であり、戦いに大きく重向きをおいています。
しかし侍は「護ること」に、その礎があり、護るべき者を護るためには戦わないこともあります。
一般的に、昔は武士には成れても、侍にはなかなか成ることが出来ませんでした。
何故なら侍になるには精神性の高さ、守護に対する一種の悟りが必要だったからです。
この守護の悟りは、一長一短に創り上げられらるものではなくて、長い間の心の鍛錬が必要だったからです。
こうした本物の侍は、江戸時代を境に殆ど存在しなくなったと言われております。
その理由は、「保守的な江戸時代に入り、聖者や世の中を大きく変える賢人が居なくなったからだ」とも考えられていますが、果たしてそれだけの理由だったからでしょうか。
実はこの裏には、西洋から毒水の様な思想が流れ込んで来ていたからだとされています。
この毒水の詳細については、また次回に譲ることに致します。