世の中にはたくさんの先生と言われる方がいらっしゃいます。
お医者さん、弁護士さん、政治家、教師など色んなところに先生が居て、先生と言われる人達と接しない日が無いくらいです。
先生には3種類あると言った方がいらっしゃいました。
ヤマト・ユダヤ友好協会会長の赤塚貴仁氏です。
彼は、「ティーチャーは知識を教える先生。メンターは優れた助言や支援を行う先生。生徒と同じところに立ち、行くべき方向を指し示すガイド役のような先生もいる。」と仰っております。
確かに知識は教えてくれる、仕事として導いてくれるティーチャーは世の中に沢山いるけれど、メンターやガイドとなると、そう多く周りに居ないことに気が付きます。
私達は努力して知識や経験を積んで行けば、誰でもティーチャーになることは出来るけれど、多くの方が欲しているメンターやガイドになるのには、それなりの修行が必要なようです。
その修行をすっ飛ばして先生になろうとすると、そこに無理が生じて、生徒と共に落ちていることに成りかねない…そんな危険性も孕んでいる気がします。
巷で言われるカリスマ何とかと言われる人達、人の心を本当の意味で救えていない宗教者達、自分の役得のために生徒達に経済的精神的負担を強いる自称先生と言われる人たち…
先生と呼ばれる人たちも完成者、絶対者では無いのだから、生徒さん達と同じように修行を怠れば簡単に落ちて行きます。
本当のメンターやガイドと言われる先生達は、人知れず生徒さんたちよりも修行をしている方達のことを言うのではないかと私は思っております。