社長というリーダーは、どんなに会社が上手く行っていても、社員には陰口をたたかれるものです。
同じように社長も社員の愚痴を言いたくもなるし、「景気の追い風が吹いて来ない」とか「立地条件が悪い」「工場が古くなった」「円高、円安でやり難くなった」とか、色んな言い訳を言いたくなるものです。
そうした事を言いたくなる気持ちは重々理解できますが、トップは、いくら従業員が愚痴や不平不満を言っていたとしても、人の長所を見なければいけないということです。
「その人の長所を見て、それを引き上げて行く」というところや「長所を見る目、良いところを見る目」は、必ず持っていなければいけない。
そう言う意味では「性善説」であるべきで、「未来は明るい」と考える社長の方が正しいと思います。
しかし、性善説で人の長所を伸ばす人ではあるけれど、同時に従業員たちの未来を考えて「彼等が危機に陥らないようにするには、どうしたら良いか」と、いつも考えている人でなければならない。
だから、ある意味での「先行的悲観論者」の面を持っていなければ行けない、と言うことになります。
「今は会社は上手く流れているけれど、円高、円安になったらどうか」「もし税金が上がったり、ライバル企業が算入して来たら、どうなるのか」という、従業員が考えないようなことも考えなければならない訳です。
基本的にはトップは、長所をみて明るい考え方を持っている楽天家に見えなければ行けないのですが、やはり先行して悲観論というものを一通り検証するだけの先見性も必要だということです。
例えば「会社の売上が半減したら、どうしたら良いのか」「従業員が感染病に罹って来れなくなったらどうするのか」「天災や戦争が起きたら、どうしたらよいのか」など、考えてもどうにかなる事ではないことでさえも、トップは考えていなければならないということです。
こうしたことをトップが常に考えていると、何か起きた時に、従業員からは悲観論が悲観論に見えなくて、先見性に見えてくるのです。