私達の時間には「相対時間」と「絶対時間」があると言われております。
相対時間は、誰にとっても同じように1日24時間であり、マルクスの言う「労働価値説的時間」です。
労働価値説とは「単位時間あたりの労働の値打ちは等しく、生産に要する労働量が商品の価値を決める」と言う考え方です。
しかし、この思想を否定する学説が、今後は主流となることでしょう。
1時間と言う時間は、相対的時間としては誰にとっても同じですが、絶対的時間としては同じではありません。
例えば1時間の講義を受けたとしても、「こんな内容のない授業はつまらないな。」と考えていれば、ただ苦痛の時間にしか過ぎません。
しかし「この授業の内容は、こうしたところはちょっと疑問に思うが、ここのところは自分の人生にとって役立つ考え方だ。」と思って聴けば、この1時間は、ただつまらないと思って聞いていた人の1時間より、有意義な時間であったと言えるのではないでしょうか。
要は、同じ時間を生きているつもりでも、ある人は時間をドブに捨てるような生き方をしていたり、ある人は自分の人生を輝かそうと大切にしていると言うことになります。
「相対時間は誰でも等しく同じであるけれど、絶対時間までは同じであるとは限らない。」という事になります。