日本神道は、縄文時代以前から日本に根付き、浸透して行きました。
鳥居は日本神道の象徴とされ、その土地を日本中央政府(色々な豪族を束ねた部族)が支配した場合に、半ば強制的に設置したとされています。
そこに、飛鳥時代になり唐(中国大陸)から仏教が伝わり、その教えの高度さに日本神道は圧倒されたようです。
それが証拠に、聖徳太子は仏教を国教とすべく積極的に動きました。
日本が朝鮮半島に何度も攻めたことも、日本神道を大陸に広めるために断行され、鳥居を建てることが目的でしたが、ことごとく失敗しました。
第二次世界大戦においても、日本が勝てば世界中に鳥居が建ったことでしょう。
しかしながら、そうはなりませんでした。
それは、日本神道は「先祖崇拝」と「大自然崇拝」を主な柱としていましたが、「教義」「教典」が無かったからです。
仏教、キリスト教、イスラム教など、世界宗教と呼ばれる宗教にはみな教義教典が必ず存在します。
だからこそ、どんな国の、どんな言語を話している人達でも学ぶことが出来、広がって世界宗教になったのです。
ゾロアスター教やマニ教も世界宗教とする学者もおりますが、なかなか世界的なメジャー宗教にならないのは、教義教典がないからだとされています。
宗教はいわば「人生教育ツール」的な要素も大きく含んでいるので、やはり後代に多々なる形の教義教典が存在しないと伝わり難いということになるのでしょう。