執筆者 西村 | 2024年02月21日 | カウンセリング, 雑記帳
権力を持っている人達の中には「実力者を演じている」人達もいますが、大抵は見破られてしまいます。それは、その人の考え方が陰陽の両極端に偏り、バランスが良くない判断をするので分かります。(ただ経験年数を経ると、自分の心の中にある陰陽を上手にオブラートに包み隠す事もあるので厄介ではあります)真の実力者は、正反併せ呑むような度量があり、決断のバランスが非常に良い感じがします。例えばAさんBさんが異なる意見でぶつかっている時も、両方や言い分をよく聴き分け、どちらに肩入れするでもなく、第3の方法を提案したりします。彼らはちょっと視点を変える事が出...
執筆者 西村 | 2024年02月19日 | 雑記帳
私も若い頃は「遊んで暮らせたらどんなに良いか」と妄想に耽った事もありました。でも本当に遊んでいても、なに不自由なく暮らせたら「きっと退屈だろうな」と思ったりもしました。貴族の様に暮らせたら「きっと優雅でお金にあくせくしない生き方が出来るのだろう」と憧れたとしても、実際のところ貴族であっても仕事をしている方はシッカリと仕事こなしていました。「やはり人間は仕事をせずにはいられない」と言う遺伝子を持っているからかも知れません。容姿や才能に秀でた特性を持っている人達が、「自分は特別だ」と言う貴族性を持つ事は仕方がない事かもしれませんが、その神...
執筆者 西村 | 2024年02月17日 | 雑記帳
私達はたくさんの人の努力と優しさの上で、生かされています。自分で、空気も水も電気も家も車も布団もご飯も歯ブラシも作っていません。誰かが作ってくれたものを利用させて貰い、生活をしております。それ故に子供の頃から「感謝の想いが大切ですよ」と教えられるわけです。言い換えてみれば、全てのものに対して恩義があると言っても良いでしょう。その恩に報いる為に、感謝し大切に使わせていただき、またお返しをしていく。こうした想いが本当の意味でのリサイクルなのかも知れません。掛け外のない地球に対しても「与えられたら、お返しをする」当たり前のことではありますが...
執筆者 西村 | 2024年02月09日 | 雑記帳
長年コツコツと努力した実績には燻し銀のような輝きが出てきます。しかし最近は、こうした輝きよりも「勢いで押してしまえ!」的な風潮が多く見受けられるように感じます。「日々の努力精進よりも、その場の雰囲気を制したものが牛耳る」ような感覚を持って、物事に対処する方も多く見られようになりました。昔からこう言う方々はある程度の割合でいらっしゃったかと思いますが、最近は「叱られるくらいなら粉飾してしまえば良い」と言う発想がそこに上塗りされ、かなり世の中を乱している気がします。こう言う人達に限って「泥臭く日々努力する人達」を疎ましく思うようです。でも...
執筆者 西村 | 2024年02月08日 | カウンセリング, 雑記帳
「他人からどう見えるか」ばかり気にしすぎていると、人はいつの間にか「他人をどの様に操るか」を考えるようになっていくようです。多くの人は叱られれば反省して、二度と同じ過ちを繰り返さないように気をつけますが、中には反省したふりをして腹の中では舌を出し、一向に反省しない人達もいるようです。政治家や立場が偉くなった人達に、こうした人が多いと思うのは私だけでしょうか。本来ならば社会的立場が高くなればなるほど「自分を律して他人の模範になるような生き方をしよう」と思うのが真のリーダーとして当たり前のように思いますが「他人を操って、反省したように見え...
執筆者 西村 | 2024年02月04日 | 雑記帳
つい最近まで、場所によっては今も、日本の何処かの村々や町でも行われているかと思いますが「お裾分け」。「ちょっと貰い物したので、お隣さんにお裾分け」「料理を作り過ぎてしまったので、ご近所さんにお裾分け」こんな日常が一頃は良くみられました。よそ様が作られた料理を楽しむなんて、今の世の中では難しいかも知れません。余程の信頼関係成り立っていないと、いや信用していても「友人のお母さんが作ったおにぎり」すら口に出来ない人たちもいるくらいですから…日本もだいぶ変わりました。もともと日本人は「おかげさま」と言う言葉をよく使いました。「あなたのお陰で私...