執筆者 西村 | 2022年12月20日 | 自分史, 雑記帳
美味しそうな中華料理を前に、5人の男女が円卓を囲んでいました。彼らの前には1メートルはあろうかと思われる長い箸🥢が置いてあります。「こんな長い箸じゃ、食べる事が出来ないじゃないか!」と太ったオジサンが言いました。「まったくだ。ここの店は何を考えているんだか!ダメだな、この店は!」とスーツを着た男の人も御立腹です。暫くして若い女性が「この箸じゃあ自分で料理を自分の口に持って行くことは出来ないけれど、いい方法があるわ。」と言って、長い箸を持ち、シュウマイをひとつまみ。そのシュウマイを、先程から怒っているオジサンの口元に持っ...
執筆者 西村 | 2022年12月19日 | 雑記帳
皆さまも聞いたことはあるだろうお経として「南無妙法蓮華経」「南無阿弥陀仏」「般若心経」などがあるかと思います。でもこれらの内容、意味はご存知でしょうか?「南無妙法蓮華経」は簡単に言うと「蓮華経に帰依します」という意味になります。じゃあ「蓮華経」は?「汚い泥水の中でも綺麗な花を咲かせる蓮華のように、あなたも環境のせいにしたりしないで、自分自身の美しい花を咲かせましょう」と言うお経です。あわせて「南無妙法蓮華経」は「お釈迦様が説かれた蓮華経を信じます」と言う内容となります。「南無阿弥陀」の「阿弥陀」とは、お釈迦様の「救いの面」「慈悲の面」...
執筆者 西村 | 2022年12月18日 | 自分史, 雑記帳
最近ではあまり使わなくなった言葉「天国と地獄」あるとか無いとかのお話をしても良いのですが、それよりも「もし地獄があったとしたら、そこにいる人達はそれを地獄と感じているだろうか?」と言う疑問です。よく「地獄のような職場だ」「地獄のような特訓を受けた」とか言いますが、そもそもどんな劣悪な環境にあったとしても、その人がその場所が「住み心地が良い。働き心地が良い。」と感じれば、その人にとっては天国なのかも知れません。即ち「側から見れば地獄のような所だけれど、その人にとっては天国である。」と思っている場合もあると言うことです。本当は天国、地獄は...
執筆者 西村 | 2022年12月17日 | 自分史, 雑記帳
世の中には難しいと言われる資格をいっぱい習得したり、なかなか入学できない学校に入ったり、どんな質問にもパッと答えられるような頭のいい人は沢山いらっしゃいます。でも、その頭の良さを「自我自欲」の為や、相手をおとしめる為に使う人もいます。その反対に「世のため、人のために使う」方もいらっしゃいます。そうなると「頭がいい」と言うのも一つの道具にしか過ぎず、要は「その人がどの様な人生を、誰のために様々な道具を使って生き切るのか?」が、幸せな人生を生きるために、一番大切な事であることが分かります。...
執筆者 西村 | 2022年12月16日 | 自分史, 雑記帳
私だけではないとは思いますが、小さい頃から同じような夢を時々みていました。ですので、若いころ一時期「夢判断」にハマったことがありました。フロイトの「夢判断」が有名ですが、今では「夢占い」として占い師で生計を立てている方もいらっしゃるくらいポピュラーになりました。「夢を見るのは脳の生理的な現象」と捉える方もいらっしゃいますが、私は、「夢は心や魂の異次元旅行」だと思っております。心が身体から離れて、様々な所、行ったこともない世界に行く事が出来たらどんなに楽しいことでしょう。本当は、夢の中で私たちは実際旅行をしているのかも知れません。そう考...
執筆者 西村 | 2022年12月15日 | 自分史, 雑記帳
登りのエスカレーターは自分が止まっていても上の階に自分を勝手に運んでくれます。少し前までは偏差値の高い学校を卒業さえすれば立派な会社や役所に入れましたが、今はそう簡単にはいかない、厳しい時代になっているようです。それどころか「登りのエスカレーターに乗ったと思ったら、下りのエスカレーターだった」なんて事もあるようです。小中高大学と必死に勉強してきて、ようやく人が羨む一流会社に就職出来たのに、しばらくしたら潰れてしまって今は無職。そんな先が分からない時代となってます。けれども下りのエスカレーターに乗ったとしても、一生懸命に逆方向に上り続け...