知人がこんな失敗談を話してくれました。
父親が「アイスが食べたい」と言うので、仕事の途中でアイスを買って家に帰ったのですが、また仕事が入ってしまったので、アイスを冷凍庫に入れるのを忘れて、玄関に置きっぱなししてしまったそうです。
その日は冬だと言うのに、そこそこ日中の気温が上がり、お陰で玄関のアイスも溶け始めました。
そこに運良く父親が早目に帰宅して、玄関に置かれたアイスを見つけ、急ぎ冷凍庫へ入れました。
当然アイスは幾分溶けていたので、今更冷凍庫に入れてもドロドロ状態で固まるだけ…そう知人も思っていたそうです。
しかし、買ってきたアイスがモナカタイプのアイスだったため、再び固まりアイスとして食べることが出来たそうです。
日常で良くありそうなお話ですが、このお話には色々な偶然が重なり合って、最終目的である「父親はアイスを楽しむこと」が出来たと言うオチがつきました。
私たちの日常では、こうした小さな奇跡が幾重にも重なり、願っていた結果が現れ、そしてその結果がまた原因となり、新たな結果を生むようなことが日常茶飯事に起きています。
最初は「ある人の意思」から始まりますが、色々は事象が起きて、そして最終的に目的が叶えられるわけです。
そもそも父親がアイスを食べたいと言わなければ、知人もアイスを買って来なかったでしょうし、玄関にアイスを置きっぱなしにする失敗も起きなかったことでしょう。
また、父親が早目に帰宅しなければ、アイスはモナカ部分を柔らかくして、もはや形を保っていなかったかも知れません。
私たちは偶然という事象の中で、助け助けられながら生きています。
小さな悪意が大きな事件を生むことがあるように、小さな善意が大きな幸せを生むこともあります。
日常よくある出来事も、よくよく観察してみれば「奇跡の連続」なのかもしれませんね。
