執筆者 orior | 2026年02月11日 | 雑記帳
「口(くち)」が濁れば「愚痴(ぐち)」になります。口が濁るとは、言葉が汚れること。あなたから発せられた愚痴は、ゴミのように受け手の心に届けられます。「意思」が濁れば「意地」になります。自分の意志が濁るとは、自分の欲が執着に変わること。食欲、睡眠欲、性欲など基本的な欲がないと人は滅亡してしまうし、成長したいという欲がないと、人は進化も進歩も無くなります。しかし、欲が過ぎて執着に変わると、執着は自分の心を頑なにしてしまいます。「それが欲しい」と意地を張り、周りの人を傷つけてしまいます。「徳」が濁ると「毒」になります。他人に良かれと思ってし...
執筆者 orior | 2025年07月27日 | 雑記帳
皆さんの前に、「明るくて積極的で、夢と希望に目を輝かせている人」がいたとして、その方が過去に病気や失業、離婚や事業の失敗をしていたとしても、そのことをその人に問う人が、どれだけいらっしゃることでしょう。恐らくは「そんな過去のことはどうでも良い。今、そんな暗い過去から立ち上がって頑張ろうとしているのだから、応援してあげよう。」と思うのではないでしょうか。もちろん、その人が投資話を持ちこんだとしたら、過去のことも含めてその人の人物像を調べなければならないこともありますが、過去の失敗に縛られて意気消沈している人には、あなたは投資はしないでし...
執筆者 orior | 2024年12月05日 | カウンセリング
日本人は縄文の時代から、調和を旨とする生活を重視して生きて来ました。欧米諸国の民は個人の尊厳を大切にし、個々の進化と進歩を重視して来ました。この衝突が歴史上何度もありましたが、明治維新で個人主義の思想が日本国中に流れ、時代は大きく変わって行ったのです。それまで「家長は家と家族を護る。家臣は主君を護る。国家は民を護る。」これが当たり前でしたが、西洋的な個人主義が入り込んだ事で、自分の身は自分で守る考え方に段々と変わって行きました。個人を大切にするが故に、教育も積極的に行われ個人の能力は飛躍的に伸びていきました。無個性に近かった江戸時代ま...