「歳をとりたくない」「長生きしたい」と思うのは、人の常です。
けれども二十歳のままで、ずっと何百年も変わらなかったなら、それはそれで結構辛いものかも知れません。
自分が老いていき、そして若い人が出てきます。
若い人たちが働き始め、活躍し始めて、自分の人生が幕を閉じていきます。
身体が弱り、思考が弱り、よい仕事ができなくなります。
そして病気になります。
このように、晩年は悲しいものであり、それは木の葉が紅葉して落ちていくようなものでしょう。
しかし、そうであってこそ「今世の使命が全うされ、終わりを迎え、次の世代がこの世に生まれて活躍し、また霊界に還り、さらに次のチャンスが与えられる」という循環が成り立っています。
お釈迦様は八十歳を過ぎてから、最後の旅に出ました。
その途中で、山の方から街を振り返り「美しいなぁ」と言ったと伝えられています。
最後の旅をしている時の言葉として、「美しい街であった。素晴らしい人たちであった。」という万感の想いを込めた言葉が残っています。
お釈迦様のように死を悟ることは出来ないにしても、この世を去る時には「良い人生だった。いろいろと苦しいこと、辛いこと、悲しいこともあったけれど、私にとっては全てが魂の良い教訓となった。素晴らしい人生だった。」という想いで、最期を終えたいものです。