「和顔愛語(わがんあいご)」という言葉を、聞いたことがある方もいらっしゃると思います。
「和顔」とは「優しい顔のこと。柔和で安らいだ顔」のことを言います。
「愛語」とは「愛のある優しい言葉」のことです。
歳を取るごとに、この和顔愛語が大切だと皆様も感じ事が多くなるかと思います。
心の中に、他人に対する優しさがないと、顔に出てきます。
相手のことを良く思っていないと、言葉に出てきてしまいます。
「私は長年の人生経験で、その辺は相手に知られないように、対応できる腹芸が得意だから大丈夫!」という方を時々見受けますが、「いやいや、しっかり顔と言葉に出てますよ。」と言いたくなることも多々あります。
特に、その人の心の想いは眼に出てきます。
「腐った魚のような眼」という、余り聴いていても宜しくない言葉もありますが、心の中が濁っている人は、眼も濁って見えます。
心ここに在らずの人は、ガラス玉のように正気を感じない眼をしています。
いつもイライラして人を攻撃するような人の眼は、瞳の奥が暗くなっています。
その逆に、人に対して優しくしようとしている方の眼には、優しい光が灯っています。
そうした優しい眼のことを「慈眼」と言います。
三十年くらい前は、こうした慈眼を持った方が、近所や学校にも居ましたが、最近では見かけることが少なくなったような気がします。
それでも時々、こうした慈眼の眼差しの方にお会いした時は、なんとも幸せな気持ちになれるから不思議です。