ある人が「皆が皆、お墓を建てていたら、地球上がやがてはお墓だらけになっちゃう。だから野山や海に骨を撒いたり、自然葬が良いんだ。」と仰っていました。
確かにお墓は、そう簡単に移動したり無くしたり出来ないので、増えていく一方であることは間違いないでしょう。
しかし、色んなお墓が何千年前から存在するように、やはり必要性があって、今もその風習が続いているのです。
西洋、東洋において姿形は色々と違うものの、お墓には一種の「アンテナ」のような役割があります。
要するに、お墓参りをするなり位牌を祀るなり、そうした供養のスタイルを取ることによって、亡くなった方々と心が通じる「交差点」になるところがあるようです。
普通の方は霊能者ではないので、「思ったらすぐに死者に通じる」ということは余りありません。
しかし、例えば「お盆ならキチンと供養される」「命日には供養される」と亡くなった人達が期待しているような場合、遺族に供養しようと気持ちがあって、霊園や墓地のように決まった場所で供養すると、その気持ちが繋がるということです。
まるで、供養する方、供養される方、両方の電話が繋がるような感じになり、お互いの気持ちが通じることがあるわけです。
天国に行ったら行ったで、天国での仕事があるので、そちらの方で忙しくしているのですが、時々は子孫のことも思い出して「どうしているかな?」と気にしている方もきっといることでしょう。
そういう時に、先祖供養や何かの儀式等で出逢える場があると、懐かしく思い出すことができるわけです。