執筆者 orior | 2025年04月27日 | 雑記帳
「私はこうして成功した」「私はこれで、お金持ちになった」「私はある時、神から言葉を受けたから、こうして皆んなに説法している」と言っている方々がいらっしゃいます。しかしながら、本当の意味で「悟っているのか?」と問われたら、甚だ怪しいと思われます。「自分を大きくする者ほど小さき人であり、自分を小さき者と思う人ほど大きな人物である」と聖書にも書かれている通り、心狭き小人ほど自分を大きく見せたがるものです。「自分にとって、本当に大切なものは何なのか?」を暗闇の中で探している状態が私達あるならば、一本の蝋燭の火が灯っているだけでも「本当に大切な...
執筆者 orior | 2025年04月26日 | カウンセリング
私も若い頃そうだったので、なかなか言い難いことですが、若者達の多くは生きる事に急ぎ過ぎていて、まるで「短距離走の様に人生を走っている」ような気がしてなりません。「同期よりも早く出世したい」「早く結婚して子供が欲しい」「若いうちに働いて中年以降は楽して暮らしたい」とか、様々な夢や目標を持って頑張っている方を目にします。しかし歳を取って気がつくのは「人生、短いようで長いので、長距離走を短距離走の様に走っていては、ゴールまで持たない」という事です。人生をマラソンに例えたら、走行距離は42.195kmもあるのに、100m走の様に走っていては、...
執筆者 orior | 2025年04月25日 | 雑記帳
お金持ちになること、豪邸に住みたいと思うこと、カッコいい車に乗りたいと願うこと、それはそれで目標になることではありますが、それが「人生の目標」となると、何だか寂しく感じるのは私だけでしょうか。大切な一生の命を使って、ただただお金を自分の元に集めることが使命だなんて生き方が、もろ手で「素晴らしい!」と称賛に値するとは何故か思えません。また豪邸に住んだから、高級車に乗っているから、その人が尊敬に値する人であるとも限りません。何故なら、そう言った物欲だけを人生の目標とする方は、「欲が止めどなく進化していく」からです。つまりは、欲が欲を生み、...
執筆者 orior | 2025年04月24日 | 本当の終活
最近では、仏教を本職でやられている住職さんでも「死んだらどうなるのか分かりません」と言っています。「魂はあるのですか?」と訊かれると「分かりません」と答え、「死後は何処に行くのですか?」と訊かれても「分かりません」と答える方が多くなってきました。仏教の専門学校や大学で教授達から、そう教わって卒業したので仕方がないと言えばそれまでですが、一般の人達は誰に死後の事を聞けば良いのか困ってしまいますね。因みに仏教では霊魂の有無について否定はしておりません。釈迦は「ガンジス川が氾濫したら、その氾濫した川によって、土で作った家が流れ去るように、人...
執筆者 orior | 2025年04月23日 | 雑記帳
鈍感力は若いうちは「そんなの必要あるか」と言う感じですが、段々と歳を取ってくると、その重要性が身に染みて分かって来ます。会社が大きくなればなるほど、色々と失敗が出て来ます。そうなると周りの人達は、情け容赦なく攻撃してきます。こういう時に「もつか、もたないか」が胆力の問題になってきます。正直いって、社長が全ての製品や商品に責任を持てるわけがありません。「何処でどんな風に作っているのか」「どこでどんなミスがあったのか」など分かるはずもないけれど、それで「亡くなった人が出た」「病気や事故が起きた」となれば、黙って辞めるのはトップの仕事である...