自分の欲は過ぎているか

自分の欲は過ぎているか

仏教の六大煩悩の中に「貪(とん)」があります。これは貪欲です。「あなたは欲が深くなかったか」ということです。これは、自分のことはなかなか分からないのですが、他の人のことだと良くわかります。「あなたは、その程度の仕事能力で、そんなに出世したいのか。その程度の仕事で、今以上の給料を貰いたいのか」は、他人から見たらすぐ分かります。「あなたは、その心でその容姿で、そういう人と結婚したいのですか」「そんな勉強量で、そんな一流の学校に行きたいのですか」などと、他人様のことならば良く分かります。しかし、自分のことになると「これは過ぎたる欲なのか、ど...
時が経っても変わらないもの

時が経っても変わらないもの

仏教における禅宗系は、八正道も使わずに、座禅をするだけでお寺として成り立っています。禅宗系のお寺の方に「坐禅の時には何を考えれば良いですか?八正道の反省行か何かをしているのですか?」と訊いたら「八正道などの反省もしていません。坐禅中は頭を空っぽにして座禅をしています。」と答えてくれました。お釈迦様は「心の塵や汚れを落としなさい。」とは言ったかもしれませんが、本当に「頭を空っぽにしなさい。」と言ったのでしょうか。念仏宗系も「南無阿弥陀仏」(阿弥陀仏に帰依しますという意味)と唱えますが、お釈迦様からすると「私はそんなことを説いたかな。『南...
ストイック

ストイック

ローマ時代の禁欲主義を意味する「ストイック」という言葉の元になった「ストア学派」があり、そのなかにエピクテトスという方が出て来ます。彼は西暦50年頃の古代ギリシャのストア派の哲学者です。しかし、彼は奴隷として売り買いされた人で、主人に仕えなければならない身分でした。彼は家庭教師ができるほどの知恵と知識と経験があり、哲学者として認められるほどの人物でしたが、奴隷の身分なので、主人たちに暴力を振るわれることもあり、脚の骨が折れて不具になります。その時のことを、彼は客観的に「ああ、今棒が振るわれて自分の脚に当たった。骨が砕ける音がした。」と...
ありのままを見る

ありのままを見る

「私はありのままを見ています。」と人はよく言っていますが、大半の人は「色眼鏡」で見ているのが現状です。高学歴な人は、学校の名前で判断していることが多いし、お金持ちの人は、その人がどれだけの資産を持っていそうかで、判断したりします。また車好きな人は、その人がどんな車に乗っているのかで、その人を見定めたり、容姿に自信がある人は、美醜で人を比べたりします。人は同じように目には映っているように感じますが、心を通してその画像を見ているので、知らず知らずのうちに自分の「心の眼」を通して、人を評価していることに気が付かないのです。「白紙の目で見る」...
誰と会うのか?

誰と会うのか?

人生の最も単純な法則の中の一つに、「誰と会うのかで人生が変わる」というものがあります。人の噂話や陰口が好きな人と一緒にいれば、あなたも自然に陰口を言う人間になってしまいます。他人のことをいつも心配している優しい人のそばにいれば、あなたも周りに優しい人になることでしょう。人は家族といる時間が多いので、どうしても家族の影響を受けやすいのです。「殺人鬼は突然生まれるのではなく、その家族のルールや考え方が大きく作用する。」と犯罪心理学者が言っているのも頷けるところがあります。なぜなら、人は時間の共有が長ければ長いほど、その人の影響を知らず知ら...
ドン底のロバ

ドン底のロバ

年老いたロバが、飼い主と共に帰り道を歩いていました。飼い主もロバも、今日一日の仕事で疲れていたのでしょう。道端に開いた大きな穴に気が付かず、年老いたロバが穴に落ちてしまったのです。飼い主は、何とかロバを穴から救い出そうとしましたが、ロバの身体は思った以上に重たく、救い出す事が出来ません。飼い主は諦めて、苦しまず死なせてやろうとの思いから、ロバの上から土を掛け始めました。ロバも「ここが自分の墓となるのか」と諦め掛けたのですが、背中に乗った土が思いのほか冷たく重たかったので、身震いして土を跳ね除けていました。そうすると、土は自分の足元に落...