執筆者 orior | 2026年03月30日 | 雑記帳
知行合一(ちこうごういつ)とは、「知っている」ということは「行う」ということと一つなのだという意味です。例えば「孝」の思いを持てば、とうぜん親孝行が行われます。「忠」の思いを持てば、当然ながら君主のために、命も惜しまず戦うことになります。上記の様に、王陽明は考えていました。一方、朱子学では、「孝」は学問的に探究できる概念ですが、親孝行についてはフィールドワークをすれば、それが出来ているかどうかの実態が分かるので「両者を分けて考えることはできる。」と考えます。要するに、「学んで得た知識と行動は異なるものである」と考える訳です。しかし王陽...
執筆者 orior | 2026年03月29日 | 雑記帳
肉体を持って生きている私たちは、病気はどうしても避けられません。その時に、重症になれば病院に行きます。病院で治療を受けて、やがては元の通りの健康体にもどります。魂も病に罹ります。色々な物質的な誘惑に翻弄されて、自分の良心を失うこともあるでしょう。周りの人達の、心と身体を傷つけてしまうこともあるでしょう。そうした魂が行くところが地獄という病院です。悪霊、悪魔は「病院が自分のすみか」だと、思い違いをしている人達のことを指します。「この病院は俺のものだ!俺が支配してやる!仲間を増やして勢力を拡大してやる!」そう思って頑張っている人達です。「...
執筆者 orior | 2026年03月28日 | 雑記帳
インドネシアのバリ島では、バロンダンスという民族的な演劇が行われています。民族神である善神バロンと、悪魔の化身である悪神ランダが出てきます。そして「善神、真なる神であるバロンの力と、悪神すなわち悪魔であるランダの力とは対等で、決して決着がつかない。善神と悪神が永遠に戦い続ける。」という思想が描かれています。この考え方は、中東ではるか昔に説かれたゾロアスター教においても「光の天使オーラマツダと悪神の戦い」として描かれているテーマと同じ感じです。確かに人類史を見ると、常に善なるものと悪なるものが闘争し続け、決着がつかないようにみえてしまい...
執筆者 orior | 2026年03月27日 | 雑記帳
儒学は中国において長く正統派の学問として扱われていたのですが、宋代になると12世紀ころに朱子という人が出てきて、朱子学が確立されました。朱子学は、儒教の一種の注釈訓詁学であり、学問的なものです。朱子は「あらゆるものの中に真理がある」という見方をしていて、それらを探究していこうとします。これは朱子学における「格物致知(物事の通りを究め、知識を得ること)」と言っても良いかも知れません。朱子を知らない人でも「少年老い易く、学成り難し」という言葉はご存じかと思います。この言葉は「偶成」という漢詩に出てきます。中国では官吏登用の国家試験として「...
執筆者 orior | 2026年03月26日 | 雑記帳
マルキシズムと陽明学を比べると、「革命思想」という面と「行動を重視する思想」というところは似ているのですが、その開祖にあたる人の考え方はかなり違います。マルクスは19世紀半ばに色々な本を出しましたが、不平不満を中心とする「嫉妬の哲学」がマルキシズムであり、マルキシズムは「嫉妬からの行動学」なのです。確かに、陽明学を学んで乱を起こした大塩平八郎を見ると、確かにややマルキシズムに似たものを感じるかも知れません。しかし王陽明を調べてみれば、マルクスとはかなり違うタイプの人であることが分かるだろうと思います。陽明学の流れは、一時潜伏していまし...
執筆者 orior | 2026年03月25日 | 雑記帳
ダニング=クルーガー効果とは、能力や知識の低い人が、自分自身の能力を、実際よりも高く(過大に)評価してしまう心理的な現象です。自身を客観視する「メタ認知」の不足が原因であり、無能な人ほど自信満々になりやすい傾向があります。この効果は1999年に心理学者のダニングとクルーガーによって提唱され、1999年のイグノーベル賞も受賞しています。...