執筆者 西村 | 2023年07月15日 | 雑記帳
私達は日々、心があっちこっち絶えず揺れ動いております。まるで壊れた天秤のように。神様の目から見れば、私他の心が天国的な方に傾いているのか、地獄的な方に傾いているのかははっきりと見えているのでしょうね。その心の天秤と言う奴は、愛と言う分銅があれば天国に傾き、執着と言う分銅が沢山あれば地獄の方に傾いて行くようです。執着の重りを自分で取り去ることが出来れば良いのですが、なかなか簡単に取り除くことが出来ないと言うのが現状です。それならば、その重りを分銅を周りにいる人達が取り去ってあげれば良い。執着で、嫉妬心で、重く頑なになった心を軽くしてあげ...
執筆者 西村 | 2023年07月14日 | 自分史
「山の中に庵を作り、その中に籠って悟りを得る」そんな人たちが今でも修行と称して(昔よりは少なくなりましたが)まだいらっしゃるようです。しかし、おそらく独り人里離れで得た悟りは、浅いものではないかと私は思ってしまいます。他人と言う存在を見て感じることで、人は自分を見つけることが出来るのではないでしょうか?また「他人を見ることができない人、理解することができない人、分かることが出来ない人」は、自分さえも分からない人だとも思います。他の人達の姿を見、他の人の心の在り方を見ることによって、「自分自身は、いったい何のために生まれ、何のために苦労...
執筆者 西村 | 2023年07月13日 | 雑記帳
真珠を創るアコヤガイにとって、最初から最後まで真珠は異物でしかありません。しかし彼らは、体内に入った異物を虹色に輝く真珠に変化させます。私達人間はアコヤガイ以上の存在であるならば、異物や変化をアコヤガイ以上に見事な真珠に輝かせる事が出来るはずです。異物を真珠に育てている時は、痛くて辛くて苦しいかも知れませんが、人生が終わる時に、その異物を真珠のように美しい想い出に変える事が出来たとしたら、どんなに幸せな事でしょう。「自分の人生の中にやって来た苦難困難はムダではなかった」と自信を持って振り返る事がきっと出来るはずです。真珠のような涙を流...
執筆者 西村 | 2023年07月12日 | 雑記帳
「人の幸、不幸は運命で決まっている」と言うのが運命論ですが、果たして本当に生まれる前からその人の人生は決まっているのでしょうか?私は他人に「運命ってあるの?」と聞かれたときには「半分あって、半分ない」と変な答え方をします。自分で決めてきた「人生計画」はある筈なので「半分はあり」でも、残り半分は未確定要素があり「自分の努力次第」だと思っています。自分が何の努力もせずに、人生計画で将来大金持ちになると決めてきたから、大金持ちになれるとしたら多くの人が大金持ちになっていることでしょう。でもそうはなっていない。努力を惜しむ者はそれなりになって...
執筆者 西村 | 2023年07月11日 | 自分史
私も農業に携わった事がありますので、日本の食料自給率には関心がありますし、お米は大切だと思っております。「お米は日本産じゃなければダメだ」「日本の低い食料自給率をこれ以上下げない為にも、外国米を入れてはいけない」と言う気持ちもよく分かりますが、もはやそうした思いは「信仰」に近いのではないかと思ってしまう事があります。私もカルフォルニア州に住んでいた事がありますので、現地でお米を買った事があります。「やはり日本産のお米は美味しいから高くても購入しよう」とわざわざ高額な日本産お米を最初は食べていました。しかし、現地の友人に「カルフォルニア...