松下幸之助さんは、小学校四年生で中退した事はあまりにも有名な話です。
その松下さんが、あるとき「もし、あなたが小学校中退ではなく、東大工学部卒で日立のような会社に入っていたら、どうなっていたと思いますか?」という質問をされたところ、彼は「そうですねえ。技術部長ぐらいにはなったかも知れませんが、それから先はなかったでしょうね。」というようなことを言ったそうです。
ここには、ある意味で学歴社会への皮肉も込められている気がします。
「東大工学部卒のエンジニアよりも、松下幸之助が優秀か?」という問題でもあるのです。
もちろんテストをしたら、東大卒の方が優秀でしょう。
しかしテストでは測れない「能力」が、彼にはあったと言えます。
彼は最初のうちは自分で色々な発明をして、発明した数が100件ほどあったと言われています。
しかし、その後は自分で何も技術的な発明はしておらず、他の人にやらせていました。
要するに「エジソン的な発明家」から「経営者」へと脱皮して、人を使いながら事業をつくっていったわけです。
「こういう場合に、仕事はどうしたら良いのか?会社をどうすべきなのか?この事業はどうしたら良いのか?新しい難問に、どう答えを出したら良いのか?」そうした事は、教科書には書かれていません。
出した答えも、合っているかどうかも分かりません。
事業の経営は「失敗したら、やり方を変える」という、試行錯誤の連続なのです。
そういう意味で、松下幸之助さんが尊敬された理由は「経営の中に悟りがある」と考えて、道を求め、そうした悟りの道のようなものを事業経営の中に見出したところにあると思います。
そうした姿が、多くの経営者に愛されている理由なのでしょう。