昔は「教師は聖職」と言われていましたが、現在では日教組など、教師を労働者として扱うグループもあって、自ら聖職者である立場を放擲している人たちもいます。
やはり先生方が「団結して賃上げを要求し、旗を振ったり、腕章をつけてストライキしている」姿を生徒たちが見たら、尊敬するには値しません。
このように「聖職意識」、すなわち「聖なる職業に就いている」という意識が、希薄であることが大きな問題で、やはり「人を導く」ということに対しては、普通の労働価値とは違う面があるのだということを、教師の皆様は知っている必要があるのではないかと思っています。
教師には、各々の子供達に対して、「一生の影響」を与える可能性がありえます。
小中高とそれぞれの学業期に、教師が与えた一言が、その子の一生を方向づけることだって十分あり得るのです。
特に職業選択や「将来どのような大人になろうか」という、人生の理想像に大きな影響を与える可能性があります。
公立学校の場合は、給料は一緒かも知れませんが「生徒たちに良い影響を与えたかどうか」については、それぞれの教師において大きな差が生まれることでしょう。
多くの生徒たちに慕われ、良い影響を沢山の子供達に与えることが出来たのであれば、それは人生の喜びでもあるし、「この世的には報われていない部分はあるかも知らないけれど、結局は自分の徳となって返ってくる」と思うことが、大切なのかも知れません。