執筆者 orior | 2025年10月28日 | カウンセリング
「屈託ない」という言葉は、今では余り使われていないかも知れませんね。「屈託ない」とは「日常の瑣末な事に心揺らさず、サラサラと小川が流れて行くような様」と、私なら説明します。人を疑って生きたり、猜疑心の中に生きたり、深い劣等感や感傷的な気持ちの中で生きたりするのではなく、明るく素朴に単純に生きることを「屈託なく生きる」と言います。もしも、あなたを裏切ったり、騙したりする人が現れたとしても「そんなことは気にもかけない」と思って、素朴に生きることが大切です。一晩眠ると何もかも忘れてしまった子供の頃のように、屈託なく明るく生きることは可能なは...
執筆者 orior | 2025年10月27日 | 雑記帳
皆様の中には、占い好きの方がいらっしゃるかも知れません。もともと占いは「『売らない』だから、物を売らないんだよ」ということを、言っている人もいらっしゃいます。別に占いは物を売らないから「うらない」のではなく、「裏がない」から来ているとも言われてます。「裏がない」とはどういう事かと言うと「裏がない」とは、「表もない」と言うことで、言い換えてみれば「裏も表もない」つまりは「包み隠さない」と言うことになります。従って、本来は裏も表もなく、自身の考えや思想に関係なく、「降りて来たものを伝える」ことが占いなのですが、その時に問題になるのが「降り...
執筆者 orior | 2025年10月26日 | 雑記帳
もう40年前頃に「金八先生」というドラマが流行りました。そのため「金八先生が良い先生の代名詞」のようになり、現場の先生方が大変困ったと聞いたことがあります。何が困ったかと言うと、武田鉄矢が演じる金八先生は、落ちこぼれの生徒やトラブルを持っている生徒に寄り添い、その生徒を助けて行くのですが、学校に子供達を預けている親御さん達が、教師の理想像に「金八先生」をもってくる為に、「なんで、ここの学校先生は金八先生みたいな教師が居ないのか!」と文句を言ってくる事が大変増えたそうです。ドラマの中の話なので、現実の教育現場では、そんなドラマ通りに進ま...
執筆者 orior | 2025年10月25日 | カウンセリング
殆どの方々が「幸せになりたい」という思いで、今日も一日頑張って生きています。「お金がもっとあれば幸せになれるのに…」「もっと身体が健康であれば良かったのに…」「もっと上手に他人と会話できれば幸せになれそうなのに…」とか、人それぞれ色んな条件が整えば幸せになれると、思われていることでしょう。でも私達は、たった一つの事を大切にするだけで、お金や身体や人間関係などの条件が満たされなくても、幸せに感じる方法を、既に先人たちから教えて貰っています。その一つが「明るく生きること」です。明るいものの見方や考え方が、自分の人生を切り拓いて行くために、...
執筆者 orior | 2025年10月24日 | 本当の終活
「なぜ自分は今ここにいるのか?」ということを、自分に問うたことがある人が、どの位いらっしゃるか分かりませんが、そんなに多くではないことでしょう。「なぜ私は、今ここにいるのか。何のためにいるのか。何を成すためにいるのか。私は今この世の中に必要なのか。」と言うようなことを、自分自身に問わなければ、人間として拠って立つべきところは、ないかも知れません。「三食を得るためだけに生きている。」と言うことであれば、それは動物たちと余り大きくは変わりません。「人間は偶然にこの世の中に投げ出された。」と言う考え方(実存主義哲学)もありますが、その言葉を...