執筆者 西村 | 2025年03月19日 | カウンセリング
「私、色々悩みがあって…」と言う方のご相談にのっていて気がつくのですが、お悩みの大半が対人関係絡みがほとんどだと言う事です。従って「世の中の人数が減れば減るほど、悩みも少なくなって行く」と言った心理学者もいるくらいに、私達は人間関係でのトラブル、価値観の違いの連続で、色々な悩みを抱えていきます。昔から、出家したり、山に籠って仙人みたいな生活をする人達が出て来るのは、集団生活から逃れて一人になったら、悩みから解放されて楽になるからでしょう。そして、他人の心を推測することに労力を使うのではなく、自分の心の声に耳を傾けることで得られる「充足...
執筆者 西村 | 2025年03月18日 | 雑記帳
参勤交代は、江戸時代から始まったように記憶している方も多いかと思いますが、元々は豊臣秀吉の時代からありました。時の権力者は、自分に服従した者に対して「我に参拝せよ」と言うことで、わざわざ自分の居城まで来させたのが始まりです。ただ徳川家光の頃になると、地方の豪族達の妻や子供達を江戸に人質として置き、郷里から江戸に来させては、翌年帰らせると言う事を繰り返させました。一回の参勤交代には、今のお金で数億が掛かったとされたので、各藩の財政を疲弊させて、幕府に対して謀反を起こさせないための制度に確立されて行きました。ただ、この参勤交代の制度により...
執筆者 西村 | 2025年03月17日 | 雑記帳
「哲学とは何のためにあるのか」という問いに対し、今の哲学者は明確な答えを持っていないかも知れません。いや、もしかしたら「答えられない」のかもしれません。もしソクラテスやアリストテレスが生きていたら「善を求めること」と答えたのではないかと私は推測します。「善を求めること」という事が、結局は「幸福の基」であり、「人間が幸福になる」と言うことはどう言うことかと言うと「善を求めて生きる」と言うことに、繋がって行くのだと私は考えます。「善を求めて生きる」その「善」とは何かを探究して行くのが「愛知者の使命」であるのでしょう。「これが善である」と、...
執筆者 西村 | 2025年03月16日 | カウンセリング
「史記」の李広将軍列伝に、虎と見誤って石を射たところ、矢が石に当たって鏃が突き刺さったという故事があります。虎だと思って必死になって矢を放ったところ、普段は刺さる事がない石に矢が刺さったので、今度は改めてその石に矢を放ったところ、矢は刺さりませんでした。「人は集中し、必死なって物事を行えば、奇跡が起きる事もあるけれど、どうせ無理だと思って仕舞えば、できる事も出来なくなってしまう」事の例えで使われます。頭で考えて、あれこれ考えるよりも実際にやってみると、意外と思っていた以上に簡単に出来たりする事が、皆様も過去に何回かあったかと思います。...
執筆者 西村 | 2025年03月15日 | 雑記帳
「耳が聞こえる人は、耳が聞こえない人の気持ちは分からない」「目の見える人は、目の見えない人の本当の気持ちは分からない」このように言われることがありますが、真理についても同じように言えます。一度でも本当の真理を発見し、理解した事がある人には、真理がどう言ったものかが分かりますが、真理という概念すら知らない人にとっては理解は出来ないでしょう。この世において、明らかに間違っていることや、嘘をついている者に対する真実の探究は必要ですが、真実のものが現れて来た場合、最後はそれを信じられるかどうかという事も問われています。これは「食べることが出来...