江戸時代の末期には、剣術道場が流行り、その道場で名を馳せた人達が時代を動かして行ったところもありました。
例えば、千葉道場の坂本龍馬、斎藤道場の桂小五郎などは有名でしょう。
当時は蘭学も流行っていましたので、蘭学塾を個人的に開いているところもありました。
明治以降は、大学をきちんと整備し、近代の官僚制、役人制度等とも連動させました。
山縣有朋が東京大学(当時は帝国大学)を日本の役人づくりの母体にしました。
福沢諭吉はそれに対抗して実学を大事にして、実業家、経済人をつくることを目的として慶應義塾大学をつくりました。
大隈重信は、政治家を志すような人を出そうとして、早稲田大学をつくりました。
その後、早稲田大学はマスコミ人なども多数輩出しています。
こうして「役人」「財界人」「政治家」「マスコミ人」を、生み出す大学が出来上がっていきました。
帝国大学としては、東大に似たようなものを全国各地につくっていきましたし、早稲田慶應に追いつけ追い越せとばかりに、様々な私学も出来ていきました。
キリスト教系の大学など、様々な宗教の特色を持った学校も、名門校として出来ていきました。
それぞれの大学は、「〇〇に特化した輩出する人材育成」を目的としてつくられて行ったのです。
