どんな競技においても、審判(レフリー)は必要です。
何故なら、勝負事においてはどうしても当事者同士は感情的になり易く、冷静ではいられなくなるので、ルールに則った冷静沈着な判断ができる第三者的な目が求められるからです。
そうしたレフリーが、宗教的信条や政治的思惑や私情を挟むと、もはや勝負事自体が本来の意味をなさなくなってきます。
先頃、行われたサッカーW杯においても、レフリーの判断に対して様々な憶測が流れたことは、皆様の記憶に新しいかと思います。
ましてや審判側が、ワイロや買収などに関与していたとしたら、もはや勝負事の公平さは成り立たなくなってきます。
本来、そうした中立的な立場のレフリー達には、社会的な地位はもちろんのこと、経済的にも優遇されるべきであると考えます。
端的に言えば、選手や監督よりもお金を貰っても良いくらいだと思ってます。
「あの審判のようになりたい!」「あの人のように尊敬される公明正大なレフリーになりたい!」という子供達が増えれば、競技者も安心して全力を尽くせることでしょう。
間違ってもAIやロボットが、レフリーを務めることが無いように願いたいものです。
そうなってしまったら、AIやロボットを作った人たちが、レフリーになってしまうようなものですから。
