執筆者 orior | 2025年07月21日 | カウンセリング
恋人でも夫婦でも、愛がテーマになって、盛り上がることもあれば、悩みになることもあります。こうした時に「愛って何なの?」と他人に訊いてみたくなる事もあったでしょう。私は「愛ってなんなの?」と訊かれたら、「理解すること」と答えるでしょう。相手を理解する事で、愛したことと同じことになると、私は思っています。「私は愛されていない」と思う時は「私のことが全然わかっていない」と憤ることが大半だからです。また、相手のことに関心がなければ、愛する事も出来ないし、たとえ「愛しているよ」と言われても、本当の愛情は感じません。つまり「愛とは理解すること」で...
執筆者 orior | 2025年06月17日 | 雑記帳
多くの人たちの悩みの大半が「愛が得られないこと」であるように、御相談事をお聞きしていると思えます。「自分が好きな人に好かれたい」「もっと多くの人に自分を認めて貰いたい。」「自分を褒めて貰いたい。」「自分の会社が多くの人に素晴らしいと言ってもらいたい。」様々な愛の形がありますが、大きく分けると2つになると言われています。一つはパトス的愛。いわゆる情を含んだ愛です。恋愛を中心とするエロスとは別に、一瞬の感情的な愛、情が中心の愛です。家族愛、友情、仲間を想う気持ち等、エロスよりは少し高尚な愛です。もう一つはアガペーです。これは知性を含んだ愛...
執筆者 orior | 2025年06月04日 | 雑記帳
人を好きになって「胸が熱くなって鼓動が激しくなった」と言う経験は、皆様もあるかと思います。(笑)これは「愛」と言う感情が、心臓とリンクしているからです。自分の事を深く見つめたり、反省する時には、お腹の辺り丹田(みぞおち辺り)で考えている事が多いと言われています。「考えているんだから頭だろ。」と言われそうですが、瞑想やヨガなどで「丹田のところまで意識を降ろしなさい。」などと言われるのは、人は理性的、知性的に考えようとすると、頭(後頭部や脳の側頭葉に辺り)が活発になるので「感性や悟性で感情をコントロールする時にはお腹辺りで想った方が良い。...
執筆者 orior | 2025年04月27日 | 雑記帳
「私はこうして成功した」「私はこれで、お金持ちになった」「私はある時、神から言葉を受けたから、こうして皆んなに説法している」と言っている方々がいらっしゃいます。しかしながら、本当の意味で「悟っているのか?」と問われたら、甚だ怪しいと思われます。「自分を大きくする者ほど小さき人であり、自分を小さき者と思う人ほど大きな人物である」と聖書にも書かれている通り、心狭き小人ほど自分を大きく見せたがるものです。「自分にとって、本当に大切なものは何なのか?」を暗闇の中で探している状態が私達あるならば、一本の蝋燭の火が灯っているだけでも「本当に大切な...
執筆者 orior | 2025年02月26日 | カウンセリング
論語の中に「人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患う」と言う言葉が出て来ます。「他人が自分のことを理解してくれないと悩むよりは、自分が他人を理解していないことを憂いなさい」と言う意味になります。多くの人の悩みは「他の人が自分のことを理解してくれない。分かってくれない。」から起きている言われています。「あなたは『自分の事を理解してくれない!』そう言いますが、あなたは他人を理解しようと努力しているでしょうか?」そう孔子は皆さんに問うているのでしょう。自分が他人を理解していない程度に、あなたも理解されていないと思えるのならば、一生懸命に...