綸言汗の如し

綸言汗の如し

「綸言汗の如し(りんげんあせのごとし)」とは、「一度出た汗を引っ込めることが出来ない」ように、「君主や賢人が発した言葉は取り消せないので気を付けなさい」と言う意味です。これは別に、君主や賢人でなくても当てはまる事かと思います。あなたが何気なく言った言葉で、言われた人が一生傷つく事もあります。あなたが深く考えないで発した言葉で、自らの命を絶つ方もいらっしゃいます。マスコミの方達は「言葉を武器」にしていますが、言葉には殺傷能力がある事が分かって仕事をしているのか、疑問に思う時が多々あります。被害者のプライベートを事細かに記載したり、加害者...
おつかれさま

おつかれさま

稲盛和夫さんの塾では「お疲れ様ではなく、お元気様」を厳守していたと聞いたことがあります。これは「お疲れ様」の「お疲れ」が、否定的なイメージに感じる事から来ているからかも知れません。先ず最初にお伝えしなければならないのは、漢字は外来語なので、同じ発音をしている言葉を区別するために、漢字を当てたと言う歴史的事実があると言う事を誓いしておかなければいけないと思います。一休和尚の話にも出て来ましたが、「このはし、渡るべからず」と看板がある橋を、どうやって渡るのかが逸話にもなりました。「はし」を橋と捉えるか、端と捉えるかが、このトンチの答えとな...
人を診る

人を診る

顔を見るのではなく「顔つき」を診る。言葉ではなく「行動」を診る。笑顔ではなく「笑い方」を診る。栄光ではなく「苦労」を診る。容姿ではなく「姿勢」を診る。目つきではなく「目の輝き」を診る。気遣いではなく「心配り」を診る。こういう診方ができると、他人の心が分かると言われております。顔が良いとか悪いとかではなく、表情を読み取るとその人の心持ち、感情が分かります。言葉巧みに喋っていても、行動が伴わない人は信用出来ません。笑顔で接してくる人は多いですが、笑い方でその人が心から笑っているのか分かります。栄光は努力と苦労の結果によって生まれてくる産物...
雉も鳴かずば

雉も鳴かずば

世の中には理不尽な事も多々起きてきます。そんな時についつい心の声が言葉にして出てかてしまう事もあります。「こんなんじゃ、やってられないよ!」と、何もかもを投げ捨てたくなることもあるかと思います。しかし、そうした姿をじっと見ている人がいる事も忘れてはいけません。「あいつは、そういう人間なんだ。」と見られてしまい、その後昇進が遅れた事例は山ほどあります。「雉も鳴かずば撃たれまい」とは良く言ったもので、じっと黙って我慢していれば良いものを、ついつい怒りの感情に任せて、とんでも無いことを言ってしまう…こんな経験は私だけではなく、多くの方々が思...
正語

正語

「しょうご」と読みますが、仏教における反省行の一つです。「間違ったことを他人に伝えていないか」「嘘をついて他人を騙していないか」「過度な御世辞を使って惑わしていないか」「他人の悪口、陰口を言っていないか」「二枚舌を使う様に、その場限りの逃げの言葉を使っていないか」など、お釈迦様は言葉に関する戒めを説いておりました。言葉はそれ自体で人を幸せにする事も出来れば、不幸のドン底に落とす事も可能です。だからこそ、自分の発した言葉には責任が伴います。もちろん、メールやコメントなど文章でも同じです。誹謗中傷の特定の個人を刺すような文書は、受け取った...