物事には原因が必ずあります。
「自分が存在している為には、両親が必ずいた」ということです。
そして、その両親にも両親がいて…というように探っていくと、必ず前者(原因)というものが存在します。
どんどんと遡って行けば、必ず「第一原因」と言うものがあるはずです。
この「第一原因こそが神である」と、多くの哲学者や神学者たちが証明しようと試みてきました。
「結果に対しては原因がある」ということを考えれば、やはり「この世界を創った最初のものがいる」と考えることは、常識的に考えても筋が通っています。
この世界が偶然に出来たものと考えることが、最近の主流ではありますが、これはある意味で、長い目で、あるいは広い目で見るならば、異常思考であるともいえます。
人間というものは、言ってみれば超高層ビルのような存在です。
ところが現在の進化論では「偶然の連鎖によって、現時点の肉体と精神を持った人間が出来あがった」と主張しています。
これは「砂や砂利、ブロックや鉄筋など、ビルの材料となるものが転がっていて、偶然に風が吹き、偶然に雨が降って、コンクリートが捏ね上げられ、いつの間にか鉄筋が組み上がり、超高層ビルが出来た。」と言っているのと同じです。
人間の複雑さを知れば知るほど、学べば学ぶほど、材料があっただけでは偶然に出来ないことは、科学者たちが一番感じているところでもあるでしょう。