夢窓疎石(むそうそせき)は人の名前であって、四字熟語ではありません。笑
夢窓疎石は、有名な京都の天龍寺を開いたお坊さんです。
天龍寺は庭が有名で、瞑想用の綺麗な池や、砂でつくった海のような造形もあります。
そのような園庭型の禅寺であって、嵯峨野へ通じる入り口でもあります。
夢窓疎石は、当時の足利将軍家の政治顧問を務めており、元との貿易を推し進め、国富をつくりました。
彼は「元祖ゼネコン」とも言われていて、お寺を建てるのが非常に上手かったようです。
また弟子も大勢育て「弟子一万三千人」とも言われています。
後醍醐天皇や足利尊氏らから篤い帰依を受け、歴代の天皇から合計7つの国師号(夢窓・正覚・心宗・普済・玄猷・仏統・大円)を贈られた唯一の僧侶でもあります。
そんな夢窓疎石が立ち寄ったとされる場所が、全国各地に点在し、その活動範囲の広さには驚嘆いたします。
空海といい芭蕉といい、偉人は電車や飛行機もなかった時代にも関わらず、移動距離が多い事に、尊敬の念を超えて畏怖すら感じます。