ドイツの哲学者で「純粋理性批判」「実践理性批判」「判断力批判」の三批判書を世に問い、人間存在の徹底的分析と、独自の哲学的世界観を構築し、フィヒテ、シュリング、ヘーゲルと続くドイツ観念論哲学の祖とされるのが、イマニエル・カントです。
そのカントの書『啓蒙とは何か 他四遍』の「万物の終わり」という文章があります。
「我々が生涯を終えるまで、我々の行状を支配している原理(善の原理にせよ、或いは悪の原理にせよ)は、死後もその支配を続けるのであって、この原理が来世、すなわちまさに来るべき永遠において、変更されるなどと考える理由を、いささかも持つものではないということを、我々自分自身について知る限りのこの道徳的状況を鑑みて、合理的に判断するより他はないのである」と書かれています。
サッパリなにを言いたいのか分かりませんが、簡単に言い直すと「人生がこの世限りだと思ったら、善の原理、悪の原理が完結しない」と言いたいのでしょう。
要するに「この原理、つまりは縁起の理法、善因善果、悪因悪果ということは、この世界では完結していない。我々が生涯を終えるまでだけでなく、死後もその支配を続けるのでなかったらおかしい。」と言うことなのです。
この文から見ても、カントは決して、「霊界」や「神」「信仰」を否定はしていなかったと言うことが、言えるのではないかと思います。
しかしながら、カント自身は教会から一定の距離を取ろうとしていたのも事実です。
こうした矛盾するカントの行動が、「哲学が宗教に対して距離をおいて発展」して行った源流ともいえます。