明治時代、日本軍は永平寺を研究していました。
それは、永平寺の修行スタイルが「軍隊式訓練」に合っていたからです。
先ずは作法的な形を作り、指揮命令系統をしっかりとさせ、下の者たちは上の者たちの言うことを聞いて、指示通りにすることが、永平寺でも行われていたからです。
カタチを重視すると、集団の中では「金太郎飴」の様になり、軍隊の様なところでは攻め入る隙が少なくなるからです。
また、軍人や侍には精神力が必要になります。
この精神力がなければ、人を斬ったり、切腹したり出来ないでしょう。
これが、禅が侍の間に流行った理由と思われます。
永平寺は曹洞宗の大本山ですが、今曹洞宗系の御寺は全国に一万五千寺ほどあり、ここまで広がったのには訳があります。
やはり「禅にはカタチがある」ので、二年ほど訓練すれば十分に人に教えられる様になるからでしょう。
これは曹洞宗に限ったことではなくて、日蓮宗や念仏宗も「これだけやれば救われる」的なものを持っているので、大衆に受け入れられ易かったと考えられます。
いつの時代でも、真の悟りに近いものは得難いために広がり難く、一点に集中してカタチを定めたものは受け入れ易い、と言うことなのでしょう。
ネットの世界でも同じ様なことが言えるのかも知れません。
大衆に受けられやすいものは、例えその中身が偽物であっても「単純明快」であった方が、広く一般受けします。