散々悪いことをしているのに、お金持ちになって贅沢な暮らしをしている人。
心優しき善人なのに、日々の暮らしにも困っている人。
こうした人々を見るにつけても「因果の理法」「善因善果、悪因悪果」「善因楽果、悪因苦果」はおかしい、と思う人は出てくることでしょう。
この世的に見たら、そう思うのも当たり前です。
しかし、来世、あの世があるとしたらどうでしょう。
この世では、やりたい放題で贅沢三昧をした悪人が、そのまま天国へ行けるでしょうか。
あの世に行ってからも、好き放題できるでしょうか。
お釈迦様やイエス様は、これを明確に否定しています。
「この世でどんなに成功しても、心が悪に向いていれば、来世は地獄だ」
「お金持ちが天国に行くことは、ラクダが針の穴を通るより難しい」
その様に仰っています。
つまり、「この世で天国的な生活をしているからといって、あの世も天国とは限らないよ」「この世で苦しんでいても、あの世でも苦しむとは限らないよ」と言って下さっているわけです。
「ならばいっそ死んでしまおう」と思う人が、今までも沢山いましたし、これからもいるかも知れませんが、苦しみや哀しみの中であっても、あの世を信じて「他人のために、自分が出来ることが何かないか。」と一生懸命に生きることこそが、天国への切符になるのではないでしょうか。
諦めてしまったら、「途中で辛いから、苦しいからやめた。」と、途中離脱してしまったマラソン選手の様に、ゴールしたと言う達成感は味わうことは出来ないでしょう。
だから私達は、苦しくても、辛くても、脚を引き摺ってでも、頑張ってゴールした人の姿に感動するのでしょう。
人生においても、苦難困難ばかりだとしても、「周りの人に優しくする人だった」という方は、惜しまれてこの世を去り、天国では更なる幸福を得ることでしょう。