私は中学生の頃、「比叡山には山法師と言われる僧兵がいて、人を殺したり、新しい宗教が起こると、その寺を壊したり火を放ったりしていた」という話を聞いて、何とも解せない、おかしな気持ちになったことがあります。
「仏門に入って僧になった者が、どうして殺人などを犯すのか?それがなぜ許されるのか?」と子供心に思いました。
結局のところ、当時の比叡山の教えに問題があったようです。
「本来本法性、天然自性身」という「皆んなもともと悟った、清らかな存在なのだ。皆んな仏様なのだ。」という思想です。
この思想に対して、曹洞宗の開祖道元も疑問に思っていたそうです。
「本来悟った仏様ならば、何故私たちは修行しなければならないのか、その理由が分からない。」と道元は考えたのです。
そして、この思想が、僧兵や破戒僧にとっての免罪符になっていて「みな仏様だから、火をかけようが、人を殺そうが、全て仏陀の所業である。」と、合理化するようになったのです。
そうした状況が続いていたことを知っていたので、織田信長は一旦は躊躇したものの、「比叡山焼き討ち」を敢行したのでしょう。