中村 久子(なかむら ひさこ、1897年〜1968年)は、幼くして両手両足を失うという過酷な運命を背負いながらも、すさまじい努力で自立し、後半生は文筆家や講演家として多くの人々に希望を与え続けた女性です。
来日したヘレン・ケラー女史が彼女と対面した際、「私より偉大な人」と深く感銘を受け、称賛したことでも知られています。
また彼女は、自分が亡くなった後、医学者に自分の身体を献体しました。
そのとき、たずさわった解剖医たちが中村久子の身体を見た時に、涙を流したと言います。
彼女の身体には、長い年月をかけて刻まれた痕がありました。
口を手足のように使い続けた痕。
短い腕の断端を、道具のように酷使し続けた痕。
なんとか生きるために、自分の身体の残された部分を最後まで使い切った人間の痕でした。
そうした痕を残して生き抜いた、壮絶な彼女の72年の人生を考えた時に、医者であることを忘れて、解剖医たちは涙がこぼれました。
「この体で、どうやって72年を生きたのか。」それは誰も知り得ない、誰も真似できない彼女の「人生の証」でした。
口で裁縫し、見世物小屋で「ダルマ娘」として好奇な目で見られる一生でした。
でも中村敏雄という伴侶に出会い、ようやく穏やかな時間を過ごすことになり、41歳の時にはヘレン・ケラーと出会います。
ヘレン・ケラーは、久子の義足に触れ、短い腕に触れ、そして彼女を抱きしめました。
2人の目から涙がこぼれました。
言葉を超えて、二人の身体が互いの人生を知った瞬間でした。
