執筆者 orior | 2026年09月11日 | 雑記帳
昔は「教師は聖職」と言われていましたが、現在では日教組など、教師を労働者として扱うグループもあって、自ら聖職者である立場を放擲している人たちもいます。やはり先生方が「団結して賃上げを要求し、旗を振ったり、腕章をつけてストライキしている」姿を生徒たちが見たら、尊敬するには値しません。このように「聖職意識」、すなわち「聖なる職業に就いている」という意識が、希薄であることが大きな問題で、やはり「人を導く」ということに対しては、普通の労働価値とは違う面があるのだということを、教師の皆様は知っている必要があるのではないかと思っています。教師には...
執筆者 orior | 2025年12月17日 | カウンセリング
有名大学を卒業して入社しても、最初に任される仕事は、大抵はお茶汲みかコピー取りなどの仕事に回される事が、私の時代では多かったように思います。最近は、そんな事ばかりさせていると、どんどん新入社員が辞めてしまうので、そんな雑用仕事ばかりさせている会社は流石に無くなって来ているとは思います。そんな新入社員が先ずは会社組織で学ぶ事として、次のような事があげられます。例えば「謙遜する術」や「控える術」、「自分より目上の人がいるところでは、あまり喋りすぎない術」あるいは「否定する場合は、一旦相手の言うことをよく聞いた上で返事をする術」「相手にとっ...
執筆者 orior | 2025年08月28日 | カウンセリング
今日のテーマを見て「仕事に正しいも、間違いもあるものか!」と思われた方もいらっしゃるでしょう。「職業に貴賎なし」と昔から言うように、「どんな職業にも、あの仕事は尊いが、あの仕事は下々の人達がやる事、と言うような職業差別はない。」と私も考えます。「職業に貴賎なし」と言う言葉は、江戸時代に石田梅岩が、士農工商という身分制度の中で、商人の立場を擁護するために用いた言葉が広まったと言われています。当時の身分制度では、商人は士農工商の最下層に位置づけられていましたが、石田梅岩は「職業に貴賎はない」と主張し、職業によって人の価値が決まるわけではな...
執筆者 orior | 2025年06月09日 | カウンセリング
自由主義経済の社会において「人から必要とされないものは淘汰される」と言う厳しい現実が出てきます。それは会社であっても個人であっても変わりありません。製品やサービスが人々から支持されなければ、会社は倒産します。組織内において、仕事をしない、あるいは円滑な仕事の邪魔になる人は、その組織に居られなくなります。必要とされる会社になるには、多くの人に必要と思われる製品やサービスを提供し続けなければなりません。その為にアイディアを絞り、付加価値の高い製品やサービスを作り続けることになります。怠けてしまった時点で会社は傾き始めます。個人においても、...
執筆者 orior | 2025年05月27日 | 雑記帳
上司や社長は「仕事は遊びじゃない」と言うけれど、「じゃあどう違うのか?」ちゃんと教えて欲しいものです。(笑)仕事は出来れば出来るほど楽しくなってきますが、遊びはやればやるほど飽きてきます。仕事は、世の中に必要なものほど、一生懸命に智慧を使ってやればやるほど、周りの人に喜ばれ、お金という対価や、感謝の言葉をもらう事が出来ます。だから仕事が出来れば出来るほど、仕事が楽しくなってきます。「そんなに仕事ばかりして楽しいですか?」と後輩や部下達に訊かれても「楽しいから仕事を辞められない」と言う答えを返せるようになったら、その人は仕事人間と言うよ...