執筆者 orior | 2026年03月30日 | 雑記帳
知行合一(ちこうごういつ)とは、「知っている」ということは「行う」ということと一つなのだという意味です。例えば「孝」の思いを持てば、とうぜん親孝行が行われます。「忠」の思いを持てば、当然ながら君主のために、命も惜しまず戦うことになります。上記の様に、王陽明は考えていました。一方、朱子学では、「孝」は学問的に探究できる概念ですが、親孝行についてはフィールドワークをすれば、それが出来ているかどうかの実態が分かるので「両者を分けて考えることはできる。」と考えます。要するに、「学んで得た知識と行動は異なるものである」と考える訳です。しかし王陽...
執筆者 orior | 2025年10月16日 | 雑記帳
幕末に生きた佐藤一斎は、朱子学の林家の林述斎に入門して、やがて塾頭になり、『重職心得箇条』と言うものを書いています。これは重役の心得のようなもので、元総理大臣だった小泉純一郎も様々な人に配っていたそうです。佐藤一斎の教えとしては「陽朱陰王」つまり、表は「朱子学」で、裏側は王陽明の「陽明学」です。表側では、幕府の正統な学問である朱子学を教えていたものの、実際は裏に陽明学を忍ばせて教えており「本当は、そちらの方が中心的な考え方だった」と云われています。そのため、その教えを受けた人の中に陽明学が流れ込んで行っているのです。そういった意味で佐...
執筆者 orior | 2025年05月15日 | 雑記帳
もともと明治維新では、門閥制を廃止しようと幕府を倒し、四民平等の世の中を創ろうとしていました。ところが、武勲に合わせて「男爵だ。伯爵だ。」と爵位を設けて、結局は特権階級の再構築を行なっただけの形となってしまいました。これに対して、福沢諭吉は「門閥制度は親の仇で御座る。」と言い放ち、西郷隆盛は下野に降り、本来の侍の心意気を見せました。現代を見てみると、四民平等はなされた様に見えますが、政治家においても二代目、三代目、はたまた四代目なんて感じで、世襲制になっている感が否めません。こうした姿を明治維新の志士たちがみて、どう想うでしょうか。「...