たわけ

たわけ

最近では愚かな人を見ると「バカだな」とか「アホだ」とか言いますが、昔は「たわけ」と呼んでました。「たわけ」の語源は「田分け」から来ていると言われています、「田分け」とは、親の田畑を子供たちで細かく分けて相続することです。こうして田分けを代を重ねると、田んぼが細分化され、生産量が代が変わるごとに段々と落ちていきます。そして生活が出来なくなるため、愚かな人のことを「たわけ」というようになったのです。財産は子や孫に分けて仕舞えば、遺産相続においても平等で良い感じがしますが、これでは優秀な子や孫が出ない限りは、代を重ねるごとに尻貧になってしま...
馬鹿の始まり

馬鹿の始まり

秦の始皇帝が亡くなった後(毒殺されたという説もある)、2代目の皇帝になったのは胡亥でした。胡亥には兄(扶蘇)がおりましたが、宦官の趙高の策略で、辺境の地に追いやられ、そこで殺されてしまいます。趙高は有能であった扶蘇より、少々馬鹿で操りやすい胡亥を二代目皇帝にして、自分が影の皇帝となり秦を動かしたのです。胡亥を皇帝に立てて、秦の実権を握った趙高は、他の臣下が自分への忠誠を誓うかどうかを試すために、籠の中に入れた鹿を皇帝の前に出して来て、諸臣に「これは馬か鹿か?」と訊きました。すると皆んなは、どちらで答えて良いのか分からず迷いますが、趙高...