司馬遼太郎のような小説家になれば、英雄の気持ちを文章に書けるかも知れませんが、普通の人はなかなか英雄の心理までは到達できません。
だから、凡人が歴史小説を書けば、英雄も皆んな凡人になってしまいます。
特に「左翼史観」を持っている人たちは、人間の結果平等を求める傾向があるので、歴史上の英雄を否定していく傾向があります。
左翼的な考え方を持っている人たちは、「時代の流れや背景によって、たまたま英雄が出てこれるのだ」とか「大勢の力によって、そうなったんだ」とか考えます。
そのように、他のものに原因を求めて「個人の力量は僅かな誤差しかない。たまたま偶然が積み重なって、そういう英雄が出たり、大名が出たりして、天下統一するようなことが起きたんだ。」と考えがちです。
そうした考えは、ヒトラーのような狂人的なリーダーが出ないための抑止力的な意味合いあるから、必要なのかもしれませんが、公平な目で見た場合、やはり人類史の中には「リーダー」というか「教師役の人」は、やはり数多くいたのだと思うのです。
そのような人たちがいなければ、私たちの存在もないし、私たちの文明、文化も、ここまで来ていないことでしょう。
