執筆者 orior | 2025年10月20日 | 雑記帳
「時は矢のように飛んでいく」と良く言いますが、これは「時間が過去、現在、未来と進んでいくさま」のことを表している表現だと言えます。しかし、時間は鉄道模型の線路のように、輪っかになっているとしたら、どうでしょう。過去、現在、未来、過去、現在、未来…とループしていたら、未来にも過去にも行くことが可能になります。すなわち、タイムマシンの制作が可能と言うことになります。「『時間』という永遠にも近い、出来上がった線路の上を、ただ私達は走っているだけ」だとしたら、今の私達は視点を変えると、「未来に生きている」とも言えるし、「過去に生きている」とも...
執筆者 orior | 2025年10月19日 | 雑記帳
トランプ大統領が2期目に入り、上り調子になってきたアメリカですが、10年前までは「2つの毒」に侵されていました。一つは「国民が、みな節税に走った。」ということです。国民が一生懸命、税金を払わない方向に走り、なんと政府がそれを奨励していたりしました。そのため節税産業が流行り、国民はみな税金から合法的に逃れようと躍起になっていました。だから国は税金が余り入らず、非常に苦しくなったので、他の国に「金をよこせ」と言う愚かなことまで言っていました。もう一つは「悪平等が蔓延った。」ということです。誰でも赤ん坊として生まれたならば、スタートは平等で...
執筆者 orior | 2025年10月17日 | 雑記帳
「一燈を捧げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。ただ一燈を頼め。」とは、佐藤一斎の『言志晩録』第13条に書かれている言葉です。「闇を恐れるのではなく、自分の提げているその一燈をこそ頼め。自分の持っているこのランタンの光、一燈を頼りにして、ただただ闇を進め。闇を恐れるな。」というようなことを言っております。この教えは、儒教でもありながら、キリスト教にも似たところがありますし、他のものでも通用する真理だと思います。「闇を闇雲に恐れていると、闇に飲み込まれる。自分の中にある『真理』の火を灯せ、さすれば闇は一気に消えて、道が歩きやすくなる。」...
執筆者 orior | 2025年10月16日 | 雑記帳
幕末に生きた佐藤一斎は、朱子学の林家の林述斎に入門して、やがて塾頭になり、『重職心得箇条』と言うものを書いています。これは重役の心得のようなもので、元総理大臣だった小泉純一郎も様々な人に配っていたそうです。佐藤一斎の教えとしては「陽朱陰王」つまり、表は「朱子学」で、裏側は王陽明の「陽明学」です。表側では、幕府の正統な学問である朱子学を教えていたものの、実際は裏に陽明学を忍ばせて教えており「本当は、そちらの方が中心的な考え方だった」と云われています。そのため、その教えを受けた人の中に陽明学が流れ込んで行っているのです。そういった意味で佐...
執筆者 orior | 2025年10月14日 | 雑記帳
「絶体絶命の時に、退路を絶って戦いに臨む」これを『背水の陣』と言いますが、これは紀元前3世紀頃に中国・前漢初期に活躍した『韓信』が編み出した戦術と云われています。韓信は相手が『孫子の兵法』を勉強している事を逆手に取り、「川を背にして陣を敷くと、敵に攻められたら全滅する」ということで、相手が油断して攻めてくるだろうから、その油断を突く戦いを行いました。韓信は、自分の兵のうち2,000人を割いて、相手の後ろの方に回り込ませて、挟み撃ちにしました。油断していた敵軍は慌てふためき、前後どっちと戦ったら良いのか、どっちに逃げて良いか分からなくな...
執筆者 orior | 2025年10月13日 | 雑記帳
佐藤一斎先生についてはブログに書かせていただくのは、これで2度目になるかと思います。彼は幕末に生まれた儒学者で、今の東大の基となった昌平黌(昌平坂学問所)の教授であり、各諸大名や江戸に留学に来ていた諸藩の優秀な武士などに、朱子学や陽明学を教えていました。その門弟は3,000人とも6,000人とも云われ、彼の弟子、孫弟子、ひ孫弟子には、佐久間象山、横井小楠、吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬、橋本左内、久坂玄瑞、木戸孝允、高杉晋作、伊藤博文、井上馨、山縣有朋など、錚々たる明治の志士達が名を連ねています。また、明治維新の二大書籍として、福沢諭吉の...