執筆者 orior | 2024年10月11日 | 雑記帳
この投稿が出る時には幾らか状況が良くなっていると良いのですが、今は米が市場に出回りにくくなっています。買い占めることが出来る人たちは、自分達が食べていける何倍もの米を備蓄している様です。今回のように何かが不足した時には必ずそうした輩が現れて来ます。これは優越感から来ていると言われております。「皆んなは、無い無いと困っているようだけれど、私はこんなに持っている。羨ましいでしょう。」こんな気持ちは、まさに現代の資本主義の象徴と言えるのかもしれません。「あの人よりも沢山ものを持っている。」「あの人よりも高価で美しい物を持っている。」こうした...
執筆者 orior | 2024年10月10日 | 雑記帳
「ベルリンの壁」と言っても、若い方は歴史的な出来事としか捉えられないかもしれません。ベルリンの壁は、東西冷戦の象徴として知られていました。壁が崩壊した翌年、東西ドイツは統一され、1991年にはソ連が崩壊して独立国家共同体が誕生しました。1961年に建設され、1989年に崩壊したベルリンの壁は、一見すると平和の象徴の様に捉えられていますが、東ドイツに住んでいた人にとっては複雑だったようです。東ドイツは西ドイツに比べると貧しい経済状況で暮らしも質素でした。ところが壁の崩壊後、西ドイツ側からの豊かな物資と生活様式が流れ込み、元東ドイツの国民...
執筆者 orior | 2024年10月09日 | 雑記帳
侍とは、もともと聖者を守る為の御役目に従事する者たちの尊称でした。それがいつの間にか武士と同じ様な扱いになってしまいましたが、武士と侍には大きな違いがあります。「武士は戦う士」であり、戦いに大きく重向きをおいています。しかし侍は「護ること」に、その礎があり、護るべき者を護るためには戦わないこともあります。一般的に、昔は武士には成れても、侍にはなかなか成ることが出来ませんでした。何故なら侍になるには精神性の高さ、守護に対する一種の悟りが必要だったからです。この守護の悟りは、一長一短に創り上げられらるものではなくて、長い間の心の鍛錬が必要...
執筆者 orior | 2024年10月07日 | 雑記帳
誰もがやらない、誰もがやりたがらない仕事を誰かがやってくれているから、社会は回っています。皆んなに褒められ、皆んなに感謝され、お金が集まってくる人を羨ましがるのは仕方がないけれど、その人が自分のことばかり考えている人ならば、本当の意味での感謝の気持ちは集まって来ないでしょう。世の中には一見、カッコ悪くて、汚くて、誰も引き受けない、誰もやろうとしない…そんな仕事が沢山あります。でもその仕事を、ただただ黙ってし続ける人こそ「働く人」なのではないかと思います。時にはみっともないと馬鹿にされ、時には汚いと罵られようとも、誰かがやらなければなら...
執筆者 orior | 2024年10月02日 | 雑記帳
人間生きていれば数多くの悲しみに出会います。悲しい出来事を好き好んで選ぶ人はいないかと思いますが、こちらが求めようと求めまいとやって来てしまうものです。悲しい出来事が起きた時に、大きく分けて二つの反応があるかと思います。一つは、悲しみに苦しみ悩み、自己憐憫に陥り、時には腹を立てて怒りをあらわにする人。もう一つは、どうしてこんなに悲しいのか内省し、自分を鍛えてくれる砥石のような存在だと捉え、自分の内側にある途方もない力に気付く人。悲しみに効用があるとするならば、後者の人のような気持ちに成らなければ、得られることはないでしょう。そして、悲...
執筆者 orior | 2024年09月29日 | 雑記帳
人の一生は水から始まり、水で終わります。私たちは誰でも、生まれてくる前にお母さんのお腹の中の羊水で過ごします。羊水の成分は海水によく似ています。その羊水の中で最初はえら呼吸して、人間へと成長して行きます。まるで進化の過程を辿るように、魚類から両生類、爬虫類、哺乳類へと成長して行きます。また日本では亡くなる時には「末期の水」と言って、菊の葉や綿に水を含ませて、亡くなった方の口元を湿らせます。このしきたりには「なんとかもう一度、この命の水で生命を蘇らせて欲しい。」という切なる願いが込められているそうです。そっと水を口元に与えることで、水の...