空海と最澄

空海と最澄

真言密教の八祖、真言宗の開祖である空海と、日本天台宗の開祖である最澄は同時代に生まれていました。空海の方が7歳ほど年下でありましたが、どちらとも「秀才」として仏教界に名を轟かせていました。空海が密教を沢山持ち帰ったのに対して、最澄はその一部しか当時の中国「唐」で学べなかったそうです。そのため、最澄は空海に「『理趣経』の解釈本である『理趣釈経』を貸してくれないか。」と頼みました。しかし空海は「密教というのは、実際に実修しなければ体得できない。経文だけ読んでも学べるものではない。」ということで、最澄の申し出を断ったのです。話は変わりますが...