テレビでもラジオでもSNSでも、「自分の言っていることは正しい。あなたの言っていることは間違っている。」と声高に主張する方がいます。
それは間違いを糺すという意味では、世の中にとって必要なことでしょう。
しかし、過去の出来事や過去の人達のことに関することで、「これが正しい。あれは間違っている。」と考古学者のように議論するのは、不毛な感じがする時があります。
仮に過去の偉人たちが残した書物に「このように書かれている」ということであっても、「彼らが今生きていたら、また内容を書き換えたいようなところもあるのではないか。」と推測できた方が、「健全で進歩的である」という考え方も「あり」だと思います。
仮に輪廻転生があるとするならば、彼らだって現代に生まれ変わる可能性があります。
生まれ変わって、自分の書いた内容を見た時に、どんな風に感じるのか、私にはとても興味があります。
「あ、これ知っている。」「すんなり頭の中に入ってくる。」そんな感覚もあるかも知れません。
でも「ここのところは現代には合わないな。」「自分だったらこう考えるだろうな。」と言う気持ちが生まれてきたとするならば、それはとても大切なことだと思うのです。
何故なら、それだけ過去の自分から進化している可能性があるからです。
もちろん退化している可能性も否定できませんが、少なくとも自分が書いたことをベースに、それ以上に上乗せすることが可能な時代に生まれて来ているだけでも、プラスであるといえるでしょう。