老子は紀元前5世紀の中国春秋時代に生まれて活躍した思想家です。
本命は李耳といい、荘子とともに「老荘思想」の始祖の一人とされ、その思想は「老子道徳経」として残っています。
老子は、一つの道(タオ)が陰陽に分かれて絡み合い、宇宙が出来ると言う『三生万物』を説き、太極図をその象徴としました。
それでは、老子の説いた「タオ」とはいったいどんな思想だったのでしょうか。
彼の思想は「無為自然」という言葉に象徴されます。
「人間の知恵や作為を一切捨てた、計らいごとのない生き方」と言い換えてもよいかも知れません。
いや「生き方」というと、生と死に囚われてしまうので、それすらもない考え思想と言ってもよいかも知れません。
「結局、どういうこと?」と思われたかも知れませんね。笑
例えば、「山が考えますか?考えなくても、春になったら木の芽が芽吹き、葉が生い茂り、花が咲いたりして夏を迎える。動物たちも走り回り、伴侶を探す。秋には木の実がなり、葉が落ちて冬が来て、枝だけになる。そしてまた春になったら新しい芽が出てくる。山は何も考えていない。でも、この中にタオがある。」そんな感覚でしょうか。
私たちは、赤ちゃんとして生まれ、学校に行き勉強や運動をし、青年時代には異性を追いかけ、職業に就いて働かなければいけない時代があって、給料を生活する為に稼ぎながらも、税金と年金のために多くを持っていかれ、歳をとってくると少し邪魔者扱いされ、この世を去っていきます。
「こんな人生を悩み苦しみながら生きるよりは、何も考えないで、ただただ無為自然のままにいればよい」そんな事を、老子は言いたかったのかも知れません。