執筆者 orior | 2024年11月04日 | カウンセリング
日本のロケット界の父と言われる糸川英夫博士は、晩年「長い間生きて来て、人より少しは勉強したと思うけれど、知れば知るほど自分は本当に何も分かっていないと言うことが分かりました。」と言っていたそうです。ソクラテスの「無知の知」ですね。勉強すればするほど、知れば知るほど、自分がいかに無知であるかを思い知る…その反対に、知識浅はかな人ほど「自分は頭が良い。自分は知的巨人。」だと言うようです。ですので、他人をバカだアホだと言う人ほど、自分の愚かさを証明していることになります。またそうした、人を見下すような人達は、それまでの地位や名誉を投げ捨てて...
執筆者 orior | 2024年11月03日 | カウンセリング
「日本ほど安全な国はない」と言いながらも、ニュースの凶悪な犯罪事件を見るにつけ「これじゃあ、おちおち散歩もできない」と嘆く人達がいます。いわば小さな事柄を拡大鏡で観るようなもので、全てを悲観論で捉えてしまう方がその様に思うようです。もともと、頭の良いとされている人達は、物事を否定的に捉えやすい傾向にあります。「物事は疑って当たれ」が学生時代にテストに明け暮れた日本人からすると当たり前のようです。「裏の裏を読める者ほど頭が良い」とされる現代では、どうしても悲観論が蔓延ってしまいます。しかし同時に「自分の不幸や病気についても、悲観論的に捉...
執筆者 orior | 2024年11月02日 | 雑記帳
今の多くの科学者は、見えざるもの、神の存在を信じようとしないどころか否定する事で、自分が科学者である事を証明しようとします。宗教者は、唯物的な事を否定する事で、神の存在を絶対的なものへと昇華しようと躍起になります。しかし、お互いにお互いの主張を声高に叫べば叫ぶほど、平行線を辿り接点は遠くなっていきます。アインシュタインは「宗教抜きの科学は足が不自由も同然であり、科学抜きの宗教は目が不自由も同然である。」と言い残しました。ニュートンもガリレオもコペルニクスもメンデルも多くの優秀な科学者は信仰深い人が多かった事も事実です。もはや科学と宗教...
執筆者 orior | 2024年11月01日 | 雑記帳
最近ではあまり使わないかと思いますが、ドラマとかで「首を洗って待っておけ!」なんてセリフを皆様は聞いた事がありますか?昔の人は「ここは大切なポイントだから身体を清めて対処しよう!」と、行水やお風呂に入ってから物事の準備をしたそうです。「首を洗う」については諸説ありますが「これから首を落としに行くから綺麗にしておけ。」という説が有力です。でも本当は「人にとって大切な首を洗うことで、身体と心を清める。」事にあるそうです。「首」の近くには、人にとって大切な箇所があります。首の上には顔があり、手首の上には手があり、足首の下には足がある。顔、手...
執筆者 orior | 2024年10月31日 | カウンセリング
幸田露伴氏は「努力論」の中で、幸福になるための3つの大切なこととして「分福」「惜福」「植福」を説きました。万福とは「福が来たら、その福を周りの人に与えること」惜福とは「仮にお金がいっぱい入るような幸せが来ても、無駄遣いせず適切に大切に使うこと」植福とは「植林のように、福がこれからの未来にもっと大きく育つように、今のうちから幸せに投資しておくこと」まるでお金待ちになる方法を教えてくれているようですが、幸福になる事も同じことのようです。「運が良い」の運は、その後ろに「ぶ」をつけると「運ぶ」になります。運もお金も人が運んで来てくれるものです...